無職の利点~労働と機会損失、そして働かない方が稼げるという逆説

仕事を辞めて1年経った。人生ではじめて、学校にも会社にも行かなくいいスーパーフリーな日々を満喫している。もはや無職というのが天職であったと思われるほどだ。

無職になって実感したメリットを3つ挙げてみたい。

利点1 無職は稼げる

逆説的だが、仕事を辞めて無職になった方が稼げる。しかも額面だけでなく収益率の向上が著しい。事業に投資する時間・労力からのリターンという意味では、無職の方が圧倒的に有利だ。

仕事は辞めても降ってくる

社員が一人くらい減っても会社は回っていくように、自分一人になっても何かしらお金は稼げて回っていくようだ。ブログの広告で売上が立つようになり、古い友人から仕事を頼まれることもあった。

退職した初年度でも現役時代の半分くらい売上が立った。今年は景気がよかったので、株や投資信託の運用益を含めればむしろ上回っている。

さらに節税会社をつくって工夫しているので、手取りは以前より増えた。来期は新会社の売上がさらに増えそうだが、消費税の課税事業者になるとかえって申告が面倒くさそうだ。

友人からの頼まれ仕事に従事するのは、平均して週4時間くらいだろうか。どちらかというと引退して脳が劣化しないように、町内会の活動に自主的に参加しているくらいの感覚だ。

仕事を辞めてすぐに声をかけてもらえたのはうれしいが、時間は少なくてもやはり受託作業はストレスがある。切りのいいところまで関わったら、しばらく休ませてもらおうと思っている。

ブログを始めてストック型事業の旨味を味わってしまうと、フローなビジネスに関わるのはもはや機会損失にすら思われてくる。

ストック型ビジネスを開拓できる

退職後の主な収入源になりつつあるブログは、まったく仕事という気がしていない。ノルマも締め切りもなく、ただ気が向いたときに適当なことを書いて過ごしている。日中はのんびり株主優待でランチを食べに行ったり、たっぷり昼寝したりしてマイペースに過ごしている。

ブログを書くモチベーションの半分は、ただ世間に有益な状況を提供したい、趣味を同じくするコミュニティーに対して役に立ちたいという気持ちだ。

経済的自由を得て仕事や義務から解放されると、人は「人類への貢献」みたいな殊勝なことを考え始めるようだ。マズローの欲求段階説を仮定すると、生理的欲求と安全欲求はクリアできたので、自己実現や社会的承認を求めたくなるレベルなのだろう。

まるで子供の頃に何時間でもテレビゲームをやっていたように、朝からブログを書き始めて気がつくと日が暮れている。毎日フロー状態で、ドーパミンをドクドク出しながらゾーンに入っている。

あっという間に時間が過ぎていくのはもったいない気もするが、こんなにやりがいがあるのはまさに天職だと感じる。趣味と仕事が一致するのは文句なく幸せな状態だ。

たまたま今の時代にブログという手段があったおかげで、ほとんど初期投資なしに、無職の身分でもストック型のビジネスを築くことができた。1年くらい片手間で執筆しても、年間数万円は稼げた。このペースで続ければ、いずれ最低限の生活費はまかなえるくらいに伸びそうな手ごたえがある。

休日に放っておいても勝手に売り上げが立つというのは驚きである。会社員時代は経験できなかった、ストック型事業のインパクトというのはすさまじい。もちろんノーメンテで収入を維持できるほど甘くはないが、ブログの運用は不動産や自販機を管理するより楽だろう。試しに3ヵ月ブログを放置してみたが、そのくらいではアクセス数も売上もまったく変化しなかった。

お金を寝かせておくだけで増える類の資産運用も似たようなものだが、長期スパンでしかメリットを実感できない。複利とはいえ、ネットビジネスのようにべき乗則で成長するおもしろみはない。

ブログは即座に売上が数値化されるので、元手を取り崩さずに毎日配当が分配される投資信託のように思われる。記事の追加や広告の操作に対するフィードバックが速いので、A/Bテストやトライ&エラーのやりがいがある。

趣味を深掘りしてマネタイズできる

もしブログがなかったとしたら、別の手段で趣味をマネタイズする方法を探しただろう。無職で得られる最大のメリットとは、単純に仕事で稼ぐよりメタレベルで「お金儲けの方法を考える」時間が得られることだ。逆に言うと、会社勤めの時間で失われる機会損失は計り知れない。

誰にでも一つや二つはある趣味を掘り下げれば、何かしら収益化できる方法は見つかるものである。『1万円起業』で紹介されているように、年間100万程度の売り上げを立てるマイクロビジネスは難しくない。

自分にとっては、今の時代にたまたまブログという手段が性に合っただけだ。時代が違えば、趣味のどれかで腕を磨いて教える側になるか、教材や資料を作って売っていたかもしれない。いずれブログというメディアが廃れても、何らかのかたちでお金儲けと暇つぶしの手段を見つけられると思う。

もしフリーランスになっても何も稼げる当てがないという人は、おそらくそのままサラリーマンを続けても出世の見込みは薄いだろう。社内の暗黙知を蓄積するだけでサバイバルできるほど、これからの世の中は甘くない。思い切って無職の期間を体験してみるのも、視野を広げる機会になる。

商売について本質的に考えられる

そのくらい無職という立場は、「稼ぐチャンスを増やせる」あるいは「稼ぐということを本質的に考えられる」よいレッスンになる。老子が言うように、まさに「魚を与えるのではなく魚の釣り方」を自分に教えることになる。

働かなくても数年暮らせるくらいのキャッシュを蓄えておけば、背水の陣みたいに悲壮な感じもしないだろう。今の日本で独身なら、3千万も貯めれば余裕でリタイアできる。

自分の場合は、在職時からぼちぼち書き始めていたブログが、退職してから集中したことによって陽の目を見たといえる。サラリーマン時代ならここまで時間を割いてブログを育てることはできなかっただろう。無職になったおかげで、かえって効率的に稼げるようになったと実感している。

利点2 無職は節約できる

無職で稼ぐという攻めの話に続いて、今度は支出を減らすという守りの話題。実は無職の身分だと、会社勤めをするのに比べて生活のあらゆる面で節約できる余地が増える。

お金のかからないライフスタイル

『LIFE SHIFT』によると、「60代後半の人たちは40代後半の人より支出を約4%少なく済ませている」というデータが報告されている。リタイアして、わざわざ安いお店を探して買い物したり、クーポンを利用する余裕ができるからだ。会社用の服や道具など、仕事関連の出費が減る効果も大きい。

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

 

仕事を辞めると、わざわざ都心で暮らす必要がなくなる。郊外の安いシェアハウスに引っ越したが、どこに行っても緑が多くて人口密度も薄いので、ストレス圧力の低さは実感している。

たまに刺激が欲しければ、平日ラッシュの時間を外して電車でのんびり都心に出ることもできる。もっとも、たいていの用事や買物は郊外のモールや中核都市でも間に合うので、よほどのイベントがなければ都心に行く機会も減ってしまった。

平日の日中、街中のお店や公共施設はリタイアしたシニアか主婦しかいない。図書館や美術館・博物館は意外と老人で賑わっているが、それ以外のスポーツセンターや床屋などは貸し切りに近い状態で利用できる。世間一般の人と行動パターンを変えるだけで、行列に並ばずゆったりとサービスを受けられるのも無職のメリットだ。

もちろん、時間が自由になるとそれだけ外で遊んだり趣味にお金を使いたくなる傾向があるので、セルフコントロールは必要だ。自分の場合、ブログのネタになる体験や、レビューしがいのある商品以外はなるべく買わないようにしている。ブログをやっていると、趣味の買物も事業への投資という様相を呈してくる。税務上はまさにこの点もメリットになる。

株主優待を活用できる

時間は豊富にあるので、資産運用にもじっくり腰を据えて取り組むことができる。株主優待の利回りが高い飲食系の銘柄を選んで、食費を節約することも可能だ。

例えば170万くらい出して「すかいらーく」を1,000株買えば、年に69,000円分の食事券をもらえる。だいたい平日1日おきに500円払って使い切れる金額だ。配当も2%以上もらえるので、優待と合わせた利回りは7%を超える。

平日のガストなら、500円で牛丼屋よりましなランチを楽しむことができる。計画的に、平日1日おきにガストに行くなんて会社勤めではなかなか厳しいが、無職なら喜んで通える。近所のランチや買物へは、歩いたり自転車で移動すれば電車・バス代を節約できるし、いい運動にもなる。

東京郊外で暮らせば、モール内や路面店も含めカフェやファミレスは無数にあり、ノマドワーキングするにも不便しない。いずれも株主優待を使えれば格安で利用できるチェーン店ばかりだ。飲食系の優待を積極利用できるという面では、食費をかなり浮かせることができる。

節税の自由度が増える

無職になってある程度収入が見込めるようになったら、個人事業から会社への法人成りをおすすめしたい。株式会社より、設立費用が安い合同会社で十分だ。資本金は1円でもいい。

自宅を社宅化するとか、役員報酬を自由に設定して給与控除を受けられるとか、個人事業に比べて法人の利点は大きい。赤字でも毎年7万円の住民税均等割はかかるが、うまくやりくりすればそれ以上のメリットを享受できるだろう。

旅行が趣味なら、出張手当を概算で支給できる効果は絶大だ。ブログ事業を建前にすれば、すべての旅行や買物は取材のための出費と説明できる。むしろメイン事業が別にあっても、節税のためにブログをやっておいて損はないと思う。

自分への給与を毎月数万に抑えれば、社会保険料は最低等級でミニマムに抑えられる。源泉徴収もなしで所得税ゼロ。個人としても、最低限の住民税均等割を納めるだけで済む。将来受給できる年金額は減っても、浮いたお金をiDeCoなど使って自分で運用する方が安心だろう。

結果的に貯蓄できる

マイクロ法人を運営していると、サラリーマンは資金繰りに余裕のない自転車操業に見える。副業経費や税金控除を駆使しなければ利益率を操作できないし、そもそも自分の頭を使って収入を増やせる自由度が少ない。

人によって異論はあるだろうが、会社勤めの年収2千万で税金と保険料をたっぷり持って行かれるより、趣味で稼いだ500万を無税でやりくりする方が幸福に思われる。

会社経営において、売上高より利益率の方が重要なのは言うまでもない。資金繰りに苦しんで、本業よりも銀行からの借り入れや手形の裏書に奔走するのは地獄だ。見た目は儲かっているようでも、黒字倒産すれすれの企業はいくらでもある。

あるいは会社員でも、株式や不動産へ投資して不労収入を得られるかもしれない。就業規則で兼業が禁止されていても、この2つは副業として容認されやすいだろう。

しかしいずれも、まとまった資金を用意するかローンを組まないとたいした稼ぎにはならない。株は分散投資である程度リスクをコントロールできるが、元本割れの可能性もある流動性の低い不動産を運用するなんて、自分には胃が痛くてとても無理だ。

無職で浮いた時間を活用して、支出を抑える手段をいくらでも考えることができる。この1年、退職前と収入はさほど変わらずに済ませられて、支出の面は大いに減ったので、かえって貯金できるようになったくらいだ。

利点3 無職は長生きできる

無職になってまず実感するのは、会社勤めより圧倒的にストレスが減ることである。加えて、1日の時間を自分で好きに使えるという選択の自由が手に入るのも、精神衛生上プラスに働く。

社長よりも長生きできる

『選択の科学』では、野生動物の方が動物園で飼育されるより平均寿命が長く、経営者の方が公務員より長生きするといわれている。選択というのは生物の本能であり、多少のプレッシャーはあっても生活や仕事上の自由度が高い方が健康上のリスクが少ないという説明だ。

無職という立場は、会社経営者よりさらに自由度が高いと感じる。毎朝目覚まし時計をかけず、好きな時間まで寝ていられるというのは、この上ない幸せだ。この瞬間を味わうためだけにでも、仕事を辞める価値はある。

朝日の差し込む部屋で遅めの朝食を取りながら、今日はブログでどんな記事を書こうかとか、空いている公園や動物園に遊びに行こうかとか、一日の予定を思いめぐらすのも楽しい。

幸い自分は一人で楽しむ趣味には不足しないタイプなので、本を読んだり映画を観たりして何日でも退屈せずに過ごすことができる。今の時代は図書館だけでなく、青空文庫やネットのストリーミングサービスで、お金をかけずにコンテンツを享受することも可能だ。

もちろん、エーリッヒ・フロムの言う2つの自由のうち、「~する自由」を実現するには経済的自立も必要ではある。ところが先述のように、無職だからといって収入が少ないとは限らず支出は確実に減らせる。キャッシュフローが枯渇してじり貧に陥ることもない。むしろお金儲けや節約の選択肢が広がることで、かえって健康的になると思う。

健康に配慮できる

時間に余裕があるということは、これまでないがしろにしていた健康面に配慮することもできる。毎日自炊して野菜を多めに摂取することもできるし、ジョギングして汗を流すこともできる。すいている時間に公共のスポーツセンターに通えば、高い会費を払って民間のフィットネスクラブに通う必要もない。

睡眠時間を自由に取れるということは、気持ちの面だけでなく健康面へのポジティブな影響もはかり知れない。スタンフォード大学から提唱された「睡眠負債」という概念は、今年の流行語候補にもなったくらいだ。肥満やガン、生活習慣病のリスクを減らすうえで、睡眠の重要性がますます注目されている。

「昼寝しすぎるとかえって寿命が縮まる」と知ったので、昼食後の仮眠はなるべく短めに抑えるようになった。それ以外は毎日平均して7~8時間は眠れている。

仕事がなくてもボケるとは限らない

仕事をしていた方が、人と関わったり張りがあって長生きできるという人もいるだろう。しかし、無職でもその程度の関係は楽に築ける。むしろ都合が悪ければいつでも放置できるという緩い人間関係の方が、ストレスもなく健全に思われる。「君子の交わりは淡きこと水のごとし」とは長寿の秘訣でもあるのだろう。

サラリーマンとして毎日定型的な業務をこなすよりは、無職の立場でいろいろ稼ぐ方法を考える方が、脳の刺激になるのではないかと思う。職場の同僚がいないのは寂しいかもしれないが、人間関係のうっとうしさを考えると、一人で働く方が気楽だ。

プロジェクトに関わるパートナーはいるので、別にメールやLINEの会話相手に不便はしない。委託契約が前提のドライな関係なので、雇用契約のように片方への依存が生じることもない。

無職のこの1年、思い返せば一度も風邪や食あたりで寝込むことがなかった。体重や体脂肪も退職前から変化していない。睡眠、運動、食生活と、あらゆる面で健康的になれた気がする。仕事以外の分野について、本を読んだり考える時間も増えたので、脳もリフレッシュできて感覚も鋭くなったと感じる。

無職のデメリット

いいことづくめの無職だが、マイナス面についても公平に考えてみよう。個人的には自由を満喫できていても、世間体というものがある。40歳近くになって無職というのは、家族や親戚連中の間では肩身が狭いものだ。

一応、節税目的でも会社をつくってあるので、名目上は会社員あるいは企業経営者を名乗れる。社長なんて肩書は、6万円納めて合同会社をつくれば簡単に手に入る時代だ。資本金も微々たる額で十分だし、それで銀行に法人口座を作って立派に運営できる。通帳を見せれば、毎月GoogleやAmazonから入金があるので、そうそうたる取引先ともいえる。

ただし、主たる事業がブログというのはやはり体裁がよろしくない。暇つぶしに、何かハッタリの効く資格の一つでも取ってみようかと思っている。初対面の人に自己紹介する際にブロガーというのはうさんくさいが、そういうときに友人から請け負っている受託仕事が思わず役に立ったりする。

フリーランスのデザイナーやプログラマーと説明すると、一昔前よりは一般に受け入れやすくなってきていると感じる。シェアハウスで暮らしていても半分くらいの人は相変わらず会社勤めだが、日中フラフラうろついているフリーな稼業の人も確実に増えてきている。

ブログも言い方によっては、ライターとか執筆業といえないことはない。要は話の持って行き方次第だろう。実際に無職で1年暮らしていろいろなメリットを体感してみると、良心の呵責とか世間から取り残される焦りみたいなものは、ほとんど感じなくなってきた。認知科学的にも、不協和を減らすとか自己正当化するバイアスが働くからだろう。

Not-Employedのすすめ

物心ついたときから、家族~学校~会社と、何かしらの組織や集団に属してきた。一人暮らしで無職になると、これまで経験したことのない圧倒的な自由を体験できる。

朝はいつまででも寝ていていいし、翌日のことを気にせず夜更かしできる。天気がよければ外に出て散歩して、雨が降ればずっと家で本を読んだり映画を観てもいい。幸い暇つぶしのネタや趣味はいくらでもあるので、一人で過ごしても退屈することはない。

大学院で博士課程に進学して、学術振興会の特別研究員(DC)に採用されたときに、似たような気分を味わったことがある。何もしなくても毎月もらえる20万円のお小遣いと100万円の研究費。卒業と就活はまだ数年先で、適当に研究して論文を書いていればよいだけのお気楽な生活だ。

それでも上級生になるほど仕事のプレッシャーや雑務は増えてくるので、大学院生というは思ったほど暇ではなかった。オーバードクターになれば、研究室内での立場はほぼ助教と変わらない。あの頃の暮らしに比べれば、文字通りNot in Educationなニートの境遇はパラダイスである。

ニートは34歳以下と定義されているので、対人関係の少なさも含めると最近はスネップという方が適切だろうか。社会的に孤立していても一応、自分の会社に雇用されているので、厳密にはスネップにも該当しないのかもしれない。本記事も無職というよりは、Non-Employedな状態のメリットについてまとめた感じだ。

別に仕事を辞めなくても、長期休暇やサバティカルを取るなりして1年くらい会社を休むことができるのかもしれない。法定上の有給休暇も、意外と多くたまっているものだ。日ごろの睡眠負債を解消して、100年続くマルチステージの人生にそなえるため、誰にも雇われない期間を過ごしてみるのも悪くないと思う。