老後の趣味にブログが最適だと思う理由~引退後も稼げるライフワーク

長年ブログを続けてきて思ったことがある。「ブログは老後の趣味に最適だ」

まるで吉田兼好の『徒然草』のように、日々考えたことを書き留めておくのにブログは適している。オフラインでEvernoteに日記を書いてもよいが、少しでも価値がある情報は積極的にウェブで公開した方がいいと思う。

学生時代からパソコンに触れていた世代なら、紙に書くよりタッチタイピングした方が速いだろう。たまには筆記具を持たないと手の筋肉が衰えてしまうので、本当に秘密にしたいプライベートなことだけ、こっそり日記に書けばよい。いまどき万年筆にインクを補充しながらゆっくり文字を書くのも、なかなか風情があるものだ。

一方で近年、FacebookのようなSNSサービスも普及してきている。どちらもウェブで文章を書いて人に伝えるという点では同じだが、本質的な違いがある。一言でいえば「ブログは手紙。SNSは電話」。そしてブログの方は、どれたけFacebookに投稿しても得られない、副収入というモチベーションを得られるのだ。

老後の趣味として、長期的にブログに取り組むメリットを紹介したい。

ロングテール

ブログに書くのは文字通りの「日記」。食べたものや睡眠時間などをライフログ的に記録してもいい。あるいは趣味について語ったり、在職中のノウハウを披露してもいいだろう。何かしら世間に対して発信しているということが、老後の生活に張りをもたらす。

ウェブ業界では「Googleの検索にかからなければ存在しないも同じ」といわれるが、下手な記事でもひょっこり閲覧されることがある。インターネットが可能にしたロングテールという現象は興味深いものだ。記事をアップしてサーバーに保持するコストは、実世界で所蔵・公開するのに比べれば、ほとんどタダみたいなもの。どんな駄文でも、晒していればいつか誰かの目に留まる可能性がある。

以前はウェブサイトを作るのに、最低限のコーディングやサーバーの知識が必要だった。今では無料のブログサービスが普及したおかげで、初心者がウェブで情報公開するハードルが劇的に下がった。かつてWeb2.0といわれてもてはやされた双方向性の概念は、すでに常識になっている。旧来のウェブサイトでなくても、学生や主婦がスマホからSNSで気軽に情報発信できる時代だ。

「別にブログじゃなくてFacebookやツイッターでいいんじゃないか」と思う人もいるだろう。知り合いの間でメッセ―ジを交わす程度なら、確かに既存のSNSメディアで十分といえる。しかし、ある程度まとまった量の文章や画像を系統立てて公開するには、やはりブログが便利である。

SNSは儲からない

ブログとSNSはその形式上の差異以外に、一つ大きな違いがある。「お金を稼げるかどうか」ということだ。

Facebookにいくら投稿しても、基本的には消費者という域を出ない。さんざん広告を見せられて、運営元の企業を稼がせるだけだ。CMを出稿するスポンサーがいるのはテレビと同じだが、番組(コンテンツ)を視聴者がボランティアでつくるという点が工夫されている。TwitterでもLINEでも、無料SNSサービスのビジネスモデルは同一だ。

一方、ブログも無料のプラットフォーム上で書いている分には変わらないが、少なくとも自分のアカウントで広告を貼れるという特徴がある。例えば自分が使っている「はてなブログ」では、無料版でもGoogleのAdSenseやAmazonアソシエイトを導入することは規約上許されている。いずれ収益が上がって有料会員に移行したら、「運営側の広告を外して自分のものに差し替えられる」という、段階的な成長プロセスが想定されている。

「0か1か」この違いは大きい。たとえ最初は1日数円でも、アフィリエイトの不労収入で稼げる経験というのはサラリーマンにとって衝撃的である。自分のメディアやコンテンツを育てるという気分になれるかどうかは、マネタイズの可能性にかかっていると思う。やりがいなんてきれいごとではなく、「稼げるかどうか」が強力なインセンティブをもたらす。

客観的評価がやりがいをもたらす

一度ブログで収益化の味をしめてしまうと、Facebookで時間をつぶすのがもったいなく思われてくるくらいだ。通勤中にスマホのゲームで暇つぶしする暇があったら、少しでもブログの記事を書きたい、そんな気分にさせてくれる。ビジネスモデルとしては広告型でわかりやすく、「PVが伸びれば売上も増える」と目標がシンプルなのも好ましい。

「別にお金に困っていないし、趣味の分野で稼ぐのは卑しいことだ」なんて言う人もいるだろう。しかし表現行為への対価というものは、他者の客観的な評価をダイレクトに反映したものである。Facebookでなれ合いの知人から「いいね」をもらうより、不特定多数のコミュニティーから投げ銭をいただく方が、シビアで張り合いが出る。

自分のサイトにどれだけ広告を貼るか、自由にコントロールできるのもブログのいいところだ。一切広告を置かず自己ブランディングに特化した硬派なサイトにしてもいいし、いたるところに広告を散りばめた商売っ気たっぷりのサイトに仕立ててもいい。記事下にこっそりバナーを置くような、控えめな折衷案も可能だ。広告配置をA/Bテストしたり、手軽にPCDAサイクルを回せるのも、ブログとアフィリエイトの愉快な側面である。

安定普及期に入ったブログ

SNSの盛衰は激しいが、オールドスクールな日記形式のブログはわりと長く続いている。老舗の「はてなダイアリー」は「はてなブログ」に変わったが、10年以上記事を書き続けているベテランもいる。Web2.0といわれたブームが終わってもユーザーがじわじわ増えているのは、ブログに普遍的な価値があるからだろう。

ガートナーのハイプサイクルでいえば、ブログというメディアはすでに一過性のブームを通り越して、じわじわ普及する安定期に入ったといえる。長く趣味として付き合っていくなら、枯れた技術の方が安心である。安定性・信頼性という意味では、常に新しい技術が最適とはいえない。投資家のピーター・ティールがビジネスの格言として挙げているように、「最高のプロダクトが勝つとは限らない」

ツールとしてのCMSは、Movable TypeでもWordPressでも本質的に差はない。「ブラウザ上でログインして記事をアップする」というカルチャーは当面続くだろう。メーリングリストやnoteなど、有料で記事を売るタイプの似たようなビジネスもあるが、趣味で続けるならブログの方が気軽である。

100年続くビジネスモデル

収益化の手段であるアフィリエイトに関しては、AdSenseかAmazonアソシエイトを使っていれば安心だ。それ以外の成果報酬型の物販サイトは、正直長く持たないと思う。ネットユーザーのリテラシーが上がって、あからさまに宣伝目的のサイトは無視されるようになるからだ。

あるいはGoogleの評価アルゴリズムが変わって、広告の多いサイトは検索順位を下げられるかもしれない。しかしAdSenseはGoogle自身が提供するサービスなので、規約さえ順守していれば蔑ろにされることはないだろう。むしろ今でもGoogleの収益の柱がネットの広告事業である以上、AdSenseが干される恐れはない。IT業界に関して世界最大手のパートナーになると考えれば、AdSenseは確実に稼げる副業の一つだ。

またネット通販の分野において、楽天やアリババがAmazonに取って代わることはないだろう。アソシエイトの紹介料率は下がってきたが、ゼロになる気配はない。書籍だけでなく雑貨や食品、日用品のすべてを扱い始めたアマゾンは、今後も我々の生活のあらゆる分野に浸透していくと思われる。

まさにWinner takes allを体現した2社の基幹事業に加担するということは、全盛期のトヨタやソニーの系列子会社になるようなものだと思う。永遠に続く事業はなく21世紀に入って会社の平均寿命はどんどん縮小しているが、100年経ってGoogleもAmazonも存在しない世界というのは想像しがたい。業界の再編は進むだろうが、何らかのかたちでハード/ソフトのインフラを支配する企業は君臨し続けるだろう。

ブログは古来から続く職業

さらにブログというものは、古くから続く執筆業の一種とも考えられる。文字を使ってメッセージを伝えるという行為は、古代メソポタミアの時代から続けられてきた。むしろ言葉や文字を扱うという能力自体が、アリストテレスのいうように社会的動物としての人間を定義しているといえる。

同じく金貸しや金融業も、人類の歴史と同じくらい古いといわれている。政治経済のシステムが変わっても貨幣という概念が廃れないように、いずれブログが流行らなくなっても文章でアイデアを伝える執筆業はなくならないだろう。人類が存続する限り、何らかのかたちで日記や手紙を書くという文化は続くと思われる。

ビットコインは今後どうなるかわからないが、インターネットが突然消えるということはなさそうだ。人類が発明した技術の中では、車輪や内燃機関のようにすでに日常のインフラとして欠かせないものになっている。

輸送手段が馬車から自動車になったように、インターネットは電話や手紙が進化したようなものだ。車の動力がガソリンから電気に代わるようなマイナーチェンジは、今後インターネットの世界にも起こるかもしれない。しかし、車や電車がなくならないように、コミュニケーションのインフラが突然消えることはないだろう。

執筆業は潰しが利くスキル

SF的な話をすれば、『ブレードランナー2049』の前日譚のように、核兵器によるEMP(電磁パルス波)攻撃でサーバーが物理的に吹っ飛ぶ可能性はある。しかしデータセンターは全世界に分散されているので、映画のようにネット上の個人情報が一瞬で消滅するということは考えにくい。

そもそもインターネットの前身であるアーパネットは、冷戦下の核戦争を前提に設計された分散型ネットワークである。基幹技術であるパケット通信やブロックチェーンは、クラッシュを避ける頑健性・冗長性を持っている。

戦争で人類が滅んでも、クリーンエネルギーで半永久的に働くAIで制御されたデータセンターが存続する可能性はある。荒廃した地上で人類に代わって生活を営んでいくのは、リック・デッカードのようなレプリカントだろうか。もしかすると、我々自身が過去に滅んだ種族の生産物(プロダクト)で、骨盤の片隅にミクロな製造番号が刻まれているのかもしれない。

いずれにしてもネットが存続する限り、そこで情報提供して対価をもらうという文化は続いていくだろう。サイトデザインのトレンドや、売れる広告のスタイルは目まぐるしく変化するが、本質的なビジネスモデルは変わらない。ブログを書き続けることで培えるノウハウや文章力は、他でも使いまわせる普遍的スキルだ。

気軽にリリースできるよさ

ブログと似たように、テキストベースで記事を販売するメルマガのようなジャンルもある。収益性が高い分、拘束やプレッシャーは強くなるが、各自が取り組みやすい商材・媒体・広告を選べばよいだろう。有料でコンテンツを売るのは責任が生じるので、趣味より仕事という感じが強くなってしまう。自分の場合は、気楽にリリースできるブログの方が性に合っていた。

ブログのメリットの一つは、適当に書き上げた文章で簡単にリリースできる点だ。書籍のように「印刷してしまうとやり直しがきかない」という心配がない。誤字脱字の修正からスムーズな言い回しまで、公開してから徐々に校正するという方法も選べる。

むしろブログでは、文法や表現方法より「情報として価値があるかどうか」の方が重視される。自分の調べている分野でようやく検索にかかった唯一無二の記事なら、多少読みにくくても必死に理解しようとするだろう。

IT業界では「アプリやサービスは8割完成したらリリースしてよい」といわれている。マイクロソフトのWindowsがその顕著な例だ。毎週のようにアップデートされてパッチが出回るのは、そもそもベータ版で出荷されているのと同義である。

未完成の機能やバグでユーザーの不評を買ったりアップデートの手間がかかっても、ライバル企業に先んじて発売するメリットの方が大きい。別に車のようにソフトウェアのバグで人が死ぬなんてこともないし、リコールするとしてもデジタルデータなので更新費用はたいしてかからない。

むしろリーン開発でMVP(Minimum Viable Product)と呼ばれるように、最低限の機能だけ持たせた製品を市場に投入して、フィードバックを見ながら改良していくという手法もとれる。読者にとっては少々不便だが、「粗筋だけアップしてから徐々に推敲していく」という技もブログなら可能である。

だらだら書ける新しいエッセイ

とりあえずブログで日記を書くなら、「てにをは」だけでなく、内容に関しても小説や論文のように起承転結やオチを考えなくてもよい。もっとも多くの読者に記事を読んでもらうにはそういうテクニックも必要だが、別に箇条書きでも伝えるべき情報が伝わればよい。

公序良俗に反せず誹謗中傷は避けるなど、最低限のルールさえ守れば粗末な日記でもウェブに公開できる。別にサーバーにテキストが上がっているだけなら誰の迷惑にもならないので、「興味がある人だけ読めばよい」というスタンスも取れる。

「80%の完成度でリリースできる」という容易さが、執筆業としてのブログのハードルを下げている。最初に章立てや構成を気にせず「だらだらと思いついたことを書き連ねる」という緩いスタイルが特徴だ。ケータイ小説と同じく、「ブログはIT技術で可能になった新しい文学ジャンル」ともいえる。まさに『徒然草』のように、人生論から近所の噂話まで脈絡なく日記のようにネタを書けるのだ。

最初は記事をアップするのに数時間、見直しも含めて半日がかりの作業だったが、慣れれば1日1万字くらい書けるようになってきた。400字詰めの原稿用紙に換算したら25枚以上。とても手書きでは続けられないボリュームだが、PCとお気に入りのメカニカルキーボードを使えば打てないこともない。練習すればブログの生産性は高められる。

何が当たるかわからない

グラフィックでもプロダクトでも「デザイン」のプロセスでは、コンセプトやメッセージを際立たせるために「引き算する」必要性が出てくる。

実はブログにはそれすら必須ではない。むしろ内容を取捨選択するより、モリモリ書いて文章量を増やした方が、SEO的にも有効かもしれない。内容希薄であればいずれGoogleから評価を下げられる恐れもあるが、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」という説も根強い。

適当にアップした捨て記事に、不思議とアクセスが集まって自分でも笑ってしまうこともある。今は需要があるのか不明だが、とりあえず書いてみたレアな体験談がいつか世界のどこかで誰かの役に立つかもしれない。ロングテールというより『ネットの中の島々』…そんな孤島以下の岩礁のように超ニッチな記事でも、バズる可能性が0.0001%くらいあるのがブログのおもしろいところだ。

時事ネタにフォーカスして短期のリターンを目指すのもありだが、やはり長期投資のように数年がかりでじわじわアクセスを稼ぐのが醍醐味だろう。2016年はポケモンGOのゲームネタでかなり稼げたが、年が明けてみればアクセスは激減して閑古鳥だった。むしろ古典の書評とか地味な文具のレビューが人気記事として上がってくるのは、多少なりとも記事に普遍的な価値があるからなのだろう。

老境に至って悟った知恵や、現役時代に培ったノウハウを細々と世界に発信していく。そんな素敵な趣味を実現できるのが、ブログというツールの魅力だ。SNSの井戸端会議で油を売るなんてしょぼいシノギはやめて、出光佐三のように石油を仕入れて世界で売り歩こう。