ビットコインとブロックチェーンの本質~野口悠紀雄の入門書レビュー

昨年末、忘年会やクリスマスパーティーでIT系の人たちと顔を合わすと、たいていビットコインの投資話で盛り上がった。数年前までは「マイニングで稼げるらしい」という技術的な話題が中心だったが、今では一般人も参入する投機対象と化してしまった。バブルの時代はリアルタイムに経験していないが、ちょうどこんな感じだったのだろうか。

秋ごろから東洋経済や週間エコノミストのビジネス雑誌でさかんに特集が組まれ、日経トレンディなど一般向けのガイド本にまで波及してきた。いつものごとく、日経新聞社や広告代理店がビットコインを流行らせようと盛り上げている感もある。

通貨の一つと考えれば、それ自体持っていても配当のように価値を生まないのは、ETFのコモディティ投資と同様である。ゼロサムのマネーゲームはもうこりごりなので、ブームを静観するスタンスだった。

IT業界におけるブロックチェーンの脅威

一方で、エンジニア連中との会話では「ビットコインよりブロックチェーンの方がすごい」という話もちらほら出てきた。仕組みとしてはインターネットの登場と同じくらい社会的なインパクトがあるという。

IT業界に身を置いていると「AIや機械学習など最新技術にキャッチアップしなければ、いずれ仕事がなくなって干される」という危機感を覚える。妙齢のプログラマーが老いた脳に鞭打ってオライリーの入門書と格闘するのは、なかなか痛ましい光景である。

もし人工知能が自己プログラミングしたり、ブロックチェーンでウェブサイト運用の方法が根底から変わってしまえば、今のスキルはまったく役に立たなくなる。ちょうど建築設計業界で製図版と紙の図面からCADに切り替わるくらいのインパクトだろう。そういうパラダイムシフトが、IT業界では5~10年おきに早いペースで繰り返される。

野口悠紀雄の最新入門書

投資対象として興味はなくても、さすがにビットコインの周辺技術を知らなすぎてはヤバい。重い腰を上げて書店で選んだのが、野口悠紀雄の『入門 ビットコインとブロックチェーン』。PHPビジネス新書の2018年1月発行で、最新情報が期待できる。

入門 ビットコインとブロックチェーン (PHPビジネス新書)

入門 ビットコインとブロックチェーン (PHPビジネス新書)

 

『超整理法』でオッサン世代にはなじみの深い、あの野口悠紀雄が書いている。さすが語り口がマイルドで読みやすかった。ビジネス雑誌をかじったオヤジがもう少し詳しく勉強してみるには、うってつけの入門書だ。

今や野口悠紀雄も77歳。この年齢で大学教員もこなしつつビットコインの解説書を書くなど、超人的な活動力だ。バックグラウンドが経済学者なので、投機ブームとは距離を置いた仮想通貨の意義やミッションというのはわかりやすかった。

「電子マネーは中央で王様が集中管理する制度だが、仮想通貨は広場に置かれた石板にみんなが取引を刻む」という比喩はさすがだと思った。石板なので、「石に彫る作業(マイニング)は大変手間がかかる」(改ざんしようとしてもわりに合わない)というブロックチェーンの特性をうまく表している。Q&A形式で淡々と説明していくのも、よくできたウェブ上のまとめサイトみたいで読みやすい。

手数料が安くなるという利点

仮想通貨のメリットは「送金手数料が安くなる」という一点に尽きる。会社を経営していれば、都市銀行の法人口座は個人向けより数倍高い振込手数料を取られることを知っている。ネットバンキングのサービスをフル活用すれば、月に1,000円以上の利用料がかかる。

仮想通貨が普及すれば、中央集権的な管理者不在でシステマチックに送金・決済可能なので、手数料は激減する可能性がある。そうなると、これまでわりに合わなかったマイクロペイメントの少額決済でも採算が取れるようになる。ちょっと自転車を借りるとか車をシェアするという用途で、ビットコイン決済の対応が進むだろう。

一方、手数料削減の恩恵を最も享受できるのは海外取引である。以前オランダの会社にソフトウェアのライセンス料を日本円で30万円ほど送金した経験がある。都市銀行の窓口で相談し書類を記入すること小一時間、両国の銀行の手間賃と為替手数料を含めて6,000円くらい取られた記憶がある。

海外送金で決済金額の2%も取られるというのはなかなか厳しいものである。業務をアウトソーシングして頻繁に通貨をやり取りする業種なら、銀行に払う手数料は馬鹿にならないだろう。これが全世界共通の仮想マネーで、しかも送金手数料が格安で済むとなれば海外との取引が一気にやりやすくなる。

国内のフリーランスは海外の仕事を受注できるだろうし、逆に中国やインドの優秀なプログラマーとの競争にさらされることになる。立場によってビットコインが恩恵になるか脅威になるか見解は様々だが、フリーのプログラマーやデザイナー、零細企業経営者にとっては経費が減ってプラスになると思う。

銀行業の先行きは危うい

もっともダメージが大きいのは銀行業だろう。わざわざ実店舗やATMを構えて送金・決済業務を代行する上では、仮想通貨のコストパフォーマンスに絶対かなわない。日本はこれでも現金決済が多い国らしいので、この先50年くらいはまだ高齢者向けにサービスを提供していけるかもしれない。しかし徐々に窓口業務は自動化され、流れ作業的な単純業務が減っていくことは目に見えている。

今でも郊外のスーパーやコンビニでレジ業務を観察していると、高齢者だけでなく若者も現金決済が9割がた主流である。アップルウォッチをかざしたSuica決済など、知り合い以外で見たことがない。硬貨や紙幣を物理的に発行して管理するコストと、電子通貨/仮想通貨の端末インフラを整備するコスト、どこかで逆転して急速に普及が進むことは想像に難くない。

先日、大手都市銀行に会社の口座を開設したが、IT系と言うと「フィンテックでないか、ブロックチェーンに関わるか」としつこく詰問された。銀行にとってはまさに脅威。第2のシナリオとして電子マネー的な銀行独自仮想通貨を発行しないと、流れについていけない焦りはあるだろう。日本銀行としても、国家公認の仮想通貨を発行するという第3のシナリオが検討されている。

財布の中までマイナンバー?

国家による貨幣供給量をコントロールするという意味では合理的なアイデアだが、国が管理する仮想通貨というのはぞっとしない。まるで財布の中の1円玉にまでマイナンバーを振られて、中央にお金のやり取りを監視されているような気がする。

リバタニアンにはとうてい受け入れ難いシナリオだが、野口悠紀雄がオーウェルのビッグブラザーやターミネーターのスカイネットを引き合いに出すのは世代を感じる。どちらかというと、Suicaのペンギンがニコニコしながら税金の取り立てにやってくるような、そういう身近な恐怖感を覚える。

SSLに代わる信頼性

仮想通貨というよりブロックチェーンの2番目のメリットとして、インターネットに取引・通信の真正性をもたらすという特徴が挙げられている。従来のSSLという仕組みはコスト的に大企業のみが導入可能で、零細ウェブショップや個人事業ではアマゾンや楽天市場のプラットフォームに乗っかるしかなかった。

当然多額の出店料や手数料を取られて事実上、インターネットによる世界のフラット化は夢とついえたわけだ。AppleやGoogleのアプリストアで販売するにも手数料は20~30%が相場である。Uberのタクシー運転手が取られる割合も2割だと聞く。

これが個人事業でもブロックチェーンの秘密鍵・公開鍵で詐欺やフィッシングでないと照明できれば、大手企業のサービスを介さずに直接ネットでモノの売買が可能になる。慣習的に高額決済は当面難しそうだが、「仮想通貨も日本円も兌換紙幣ではなく単に信用に基づいて価値を担保されている」という意味では、本質的な違いはない。

実益が上回れば普及は進む

ビットコインの価格が安定すれば、いずれ電子マネー的な決済手段としてシェアを伸ばしていくように思う。海外出張して、スマホのFeliCaやバーコードを見せるだけで仮想通貨決済が可能になるとしたら、便利この上ない。両替やクレジットカードでのキャッシングなどに余計な手数料を取られる心配もない。

ビックカメラでビットコイン決済が始まったが、bitFlyerのbitWire SHOP 2.1という決済サービスを利用して、店舗側の手数料は1%で済むという。VisaやJCBのクレジットカードなら2~4%が相場だから、いずれ「ビットコイン決済ならポイント1%還元」とか優遇策も出てきそうだ。

日本国内ではまだメリットが薄いが、銀行業が発展していないフィリピンでは、仮想通貨経由で出稼ぎ・アウトソーシング料金を受け取れるHellobitやBitwageというサービスがあるらしい。まるでアフリカの荒野で、固定回線を引くより携帯電話が普及するように、国益とマッチして急速に普及が進むエリアもあるだろう。

スウェーデンのeクローナ、エストニアのエストコインなど、中央銀行発行の仮想通貨としては一長一短だが、コスト減の恩恵を国民が受けられるなら導入可能だろう。国家に痛くもない腹を探られるのは気分がよくないが、別に脱税を目論んでいるわけではない。「悪事を働いても採算に合わない」というブロックチェーンの性悪説的な仕組みを敷衍すれば、やましいことのない個人の財布を国家がのぞき見するメリットはない。

野口悠紀雄の日本企業批判

ここまでは入門書の範囲だが、徐々に野口悠紀雄の持論が展開されていくのがおもしろい。日本企業はモノづくりやハードウェア開発の思考から離れらえないので、仮想通貨の世界的流行にも乗り遅れているという。

技術秘匿のための垂直的経営、シャープの亀山工場に代表される大手企業のスタンスは、インターネットやソフトウェアの勃興に後れを取ったように、ブロックチェーンでも失敗しかけている。産官挙げて推進されているIoTも、しょせんセンサー屋が製品を売りたい口実に過ぎないと看破される。国内ではフィンテックやシェアリングサービスのITベンチャーは少数派で、規制緩和なくしてはディスラプターが育たない。

「でも結局ものづくりも大事だよね」と、明治や高度成長期の勤勉性を賛美する風潮はなくならないだろう。ビットコインが技術革新でなく投機対象としてみなされがちなのも、日本人的といえる。そもそもハッシュ値からナンスを求めるProof of Workの仕組みは難解なので、「電気代の安い中国の奥地でマイニング業者ががっぽり稼いでいる」というネタの方がおもしろい。

DAOで世の中便利になる方に一票

ビットコインがもう少しまともに議論されるようになるのは、DAO(Decentralized Autonomous Organization 分散自立組織)が出てきて課税や法制度の改変が問われるときだろう。ロボットとの組み合わせで、「労働者の仕事が奪われる」と嘆くか「雑用が減って本業に専念できる」と喜ぶかは、経営者的なマインドを持っているかどうかで変わってくる。

今のところ、フリーランスな自分の立場としては「海外送金手数料が安くなる」という一点だけでもビットコインの普及を応援したい気がする。ただし、1日に30%も相場が変動するような通貨では話にならないので、本格導入するのはもっと価格が安定してからになるだろう。