アラフォー独身ミニマリストの心に刺さる芥川賞『コンビニ人間』レビュー

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電車の中吊り広告でさかんに宣伝されている芥川賞受賞作品。主人公が「36歳未婚女性」というだけで気になっていたのだが、同世代の知り合いからおもしろいとすすめられて読んでみた。芥川賞の小説を読むのは、綿矢りさ&金原ひとみのダブル受賞以来。

最近はアマゾンマーケットプレイスの古本しか買わないが、夜中にすぐ読みたかったので、今回は電子書籍版を買ってみた。楽天ブックスで購入してKoboにダウンロードしたら、めちゃくちゃおもしろくて2時間あっという間に読んでしまった。これはすごい。もし実際に30代後半でミニマリスト志向の独身者だったら、主人公のクールな(?)言動に共感できるところが多いと思う。

さすが芥川賞受賞作だけあって、日本文学へのリスペクトというか純文学的な香りも漂わせつつ、割り切ったキャラクター設定が痛快。ジャンルは違うが、なんとなく伊藤計劃の『ハーモニー』を読んだときのように同時代性を感じてわくわくした(※文庫本の表紙が変わったと思ったらアニメ化していたのか…)。

みんなもうポケモンやっている場合じゃない!いい大人は『コンビニ人間』を読もうぜ。

(以下ネタバレ)

コンビニ店員が素敵な職業に思えてきた

「赤ん坊を静かにさせるなら、ナイフで刺せばよい」と考えるような、コミュニケーション障害気味の36歳独身女性、古倉さんが主人公。大学入学時から18年コンビニ店員を続けているという設定が、身近にありそうで意外とない。つまり、幾多の外部圧力をはねのけて腰掛け的なアルバイトを続けるには、それなりの覚悟と信念が必要といえる。

コンビニというシステム(マニュアル)への忠誠が「私」の唯一のよりどころで、一般的に蔑まれる職場や境遇が、主観的にわりとポジティブに描写されている。

「真っ白なオフィスビルの透明な水槽…外から人が入ってくるチャイム音が、教会の鐘の音に聞こえる…私は、この光に満ちた箱の中の世界を信じている」

(引用:村田沙耶香『コンビニ人間』)

なにか蛍光灯でギラギラする人工的なコンビニが、流通マーケティング、テクノロジーの粋を集めた空間であることを思い出した。そして作中ではさらに進んで、コンビニが人格矯正施設として描かれている。

天候を読んで売れそうな商品を補充するとか、値引きキャンペーン商品のPOPを用意するとか、コンビニ店員としてのスキルは超一流だ。サービス業として「お客様」を心から尊重していて、朝礼の挨拶唱和も手抜きしない。からあげ棒セールで販売目標100本を達成しようと奮闘する姿など、雇用する側から見れば従業員の鏡だ。むしろ模範的すぎて、店長や同僚からは不気味とすら思われている(そう思われないように普通に振る舞う努力もしている)。

どんな仕事でも「他者への貢献」という意味では貴賤はないし、いかなる作業でも習熟して効率化することにやりがいは見いだせるだろう。主人公の職務忠実ぶりは、読んでいて背筋が伸びるほど気持ちがいい。日の目を見ない職業はいろいろあるが、菓子パンとか印刷工場とか地味な製造ラインでなく、顧客相手の機転が要求されるコンビニ店員という設定が、作品に深みを与えている。

小説史上最低のヒモ男、白羽さんとのトークが冴える

主人公と似た境遇の35歳独身男性、白羽さんが新しいコンビニ店員として登場する。こちらは古倉さんとはまた別のわかりやすい性格異常でこの境遇に陥っている。

働く気はなく実家や弟に金をたかり、すべて境遇のせいにして世間を呪う被害者意識の塊。しかも口だけは達者で、自分のことを棚に上げ主人公をこき下ろす鬼畜ぶり。絵に描いたようなダメンズだ。

わりと身近にいそうな気もするが、作家的なデカダンスは微塵も感じられず、救いようのないヒモして描かれている。『闇金ウシジマくん 』に出てくる廃人のように。

白羽さんの理不尽な愚痴に、常に冷静に答える古倉さんとの問答がおもしろすぎる。二人とも「異物として正常な世界から排除される」という危機感を共有していて、体裁を取り繕いたい利害は一致している。まさかの同棲生活を経て、このまま契約結婚にいたるかと思ったが、そうはならなかった。

白羽さんは風呂場で律儀に暮らしたり、洗面器に入れて出される餌の配給に甘んじたり、ちょっぴりかわいい部分も見せる。盗人にも三部の理というか、救いがたい落伍者にも居場所を与える日本文学らしく、最後は回心していいところを見せるのがオチかと思った。だが本作ではそんな期待はあっさり裏切られる。むしろ徹底的に救いようがないキャラを貫き通すというカルマを与えられた、ダークヒーローのようだ。

ル・シッフルはすばらしい目的につかえていたことになる…愚かにもその破滅にわたしが手を加えた、邪悪な彼という存在は、悪の基準を作り、それによって、またそれによらなければできない、反対側の善の基準を存在せしめたんだ。

(引用:イアン・フレミング『007/カジノ・ロワイヤル 』)

読み返してみると、白羽さんのセリフには結構いいセンスを感じる。以下は本作で爆笑した名言。いつか使える場面があったらのたまってみたい。

「僕は確かに今は仕事をしていないけれど、ビジョンがある。起業すればすぐに女たちが僕に群がるようになる」

「僕にはネット企業のアイデアがあるんだ。真似されたら困るから、詳しくは説明できないですけどね」

(引用:村田沙耶香『コンビニ人間』)

終盤から出てくる白羽さんの義妹は「こちら側」の人間代表として、貧困バカップルをこき下ろす。北海道の実家に住むマイルドヤンキーっぽい描写で、古倉さんと同じ率直さで啖呵を切る様は爽快である。事実を知った妹の落涙シーンと並んで、この作品唯一のカタルシスだ。

ときどき挟まれる女子会や家族交流バーベキューのシーンで、容赦なく言葉の暴力を浴びせる旧友とか、自覚のないセクハラ発言で地雷を踏みまくるその旦那さんとか、脇役の名演も映える。

古倉さんが白羽さんに与える餌について

古倉さんが普段食べていて、白羽さんに餌として与える食べ物がまたいい感じだ。米と野菜に火を通して、そのまま食べる。たまに醤油をかける。手間もかからず薄味でヘルシー。

自分が毎日食べているものも、これと大差ない味噌煮込み。まわりに突っ込まれると、味覚が退化しそうでやばいかなと思うときもあるが、大いに勇気づけられた。

社会不適合者という基準が揺らぐ

この小説のテーマとして、「就職や結婚という通過儀礼を意図的か不可避的かによらず回避しているという人間は社会不適合者か」という問題意識がある。「こちら側/あちら側」「普通の人間」という言葉がよく出てくるが、実際には相対的なものでしかないと示唆されているようだ。

例えばコンビニの朝礼で「接客6大用語と誓いの言葉」を唱和するシーンが何度も出てくるが、白羽さんが「…なんか、宗教みたいっすね」というのはきっと誰もが感じているはずだ。店長からすれば職場の古倉さんは「使える」スタッフであり、会社というコミュニティーの中ではまったく「不適合」でない。

多かれ少なかれ会社員なら、勤める組織のミッションに価値観を合わせる必要があるが、それはサラリーマンとしての建前であると認識している。しかし、主人公はコンビニのシステムに心底傾倒していて、むしろコンビニに生かされていると感じるくらい、過剰適応している。教会の鐘とか、コンビニの「声」を聴くとか、単なるアルバイトがカルトのように表現されているが、実際18年間コンビニでバイトし続けるとどうなるのかは誰も知らない。

結局、普通とか標準的な人間というのは厳密に存在しなくて、意思疎通を円滑に進めるために便宜上、最大公約数的な世間というフィクションが形成されているのではなかろうか。その意味では、「結婚は一種の狂気」と誰もがわかっていて、家族や地域社会もコンビニのマニュアルと同程度に架空のかすがいでしかない。

前向きにコンビニ店員であることを選ぶ、ハッピーエンド

空気を読むような高度なコミュニケーションはできなくても、職場であればマニュアルに習熟して「世界の部品・歯車」になることはできる。人付き合いが苦手でも、仕事はできる。実際それで救われている人も多いだろう。

世間を見渡せば、アラフォーでニートとかもっと厳しい状況の人もいるので、アルバイトでも自力で稼いで暮らせているなら全然ましな気がする。就職・結婚以前に、自分でケツを拭けているなら問題ない。コンビニバイトをこなせるのは、世間が考えるより高等なスキルだ。

この終わり方なら、きっとコンビニ会社の正社員になるとか、研修サービスやコンサルティングで活躍するとか、ハーピーエンドが待っていそうな気はする。予測はしていたが、作品全体を通して、あらすじから想定される悲惨なムードは全然なく、さばさばした超合理的な主人公の言行に共感を覚えた。コンビニの仕事にあれほどやりがいがあるなら、普段の自分の仕事にも希望を感じられそうな気がする。

読んでいてなんとなく、『リリイシュシュのすべて』のエンディング曲を思い出した。
“I wanna be just like a melody, Just like a simple sound, like in harmony.”

本作の影響でコンビニ株急騰?

作中でコンビニバイトがわりとポジティブに描かれているので、社会勉強とか婚活(?)要素もあると認識され、アルバイトの応募が増えるかもしれない。店員さんの工夫や努力も垣間見られて好感度が上がり、街中のスーパーで買い物するより、コンビニで食材を買ってみようという気になる人も増えそうだ。

本作の影響でコンビニの売上と期待が高まるかと思って各社の株価を追ってみたが、ファミリーマートだけ7/27の単行本発売以降20%以上急騰している。セブン&アイ・ホールディングスとローソン、イオン(ミニストップ)は特に目立った変化がない。

作品の舞台になった具体的店舗や著者の勤め先は伏せられているが、巷ではどこかのファミマで見かけたとかリークされているのだろうか。ネットや電車の広告で村田沙耶香さんの顔はよく見かけるから、都内のコンビニ勤務であればすぐ身元が割れそうだ。

宇宙コンビニを思い出した

さらにどうでもいい余談だが、昨年解散してしまった京都の学生バンド「宇宙コンビニ」はよかった。若手にしては技巧派でプログレ色も強く、8filmsという曲とかManuel Gottschingの” Inventions for Electric Guitar”みたいだ。ヴィレッジヴァンガードでPV紹介されていたが、結構高い年齢層にも受けたのではなかろうか。

変なバンド名だと思ったのだが、コンビニ(konbini/conbini)という和製英語は、海外でも通用する戦略的ネーミングなのだろうか。直訳するとUniversal Convenience…すごく便利そうだ。